読書記録2: みたい夢をみる方法 - 明晰夢の技術 / チャールズ・マックフィー

これも20年以上まえの本。2000年-後半と言えば,私はもう‘ 夢見の実践 Essential ’に夢とのポテンシャルが無くなって自ら地下書庫扱い(実際に日本で“ 明晰夢 ”話題がメイジャーになりかけたのは同時期だったのだろう。たぶん98年頃それまでの活動が終了したというひとたちの分があったのだろう。)
脳に関する話題から,“ 夢の時間性 ”に少し触れている。実際,“ 夢 ”に進行速度なんか必要あるんだろうか? いわゆる自己神話的な要素の特別な夢には一定の物語的展開が視られる。それがなぜ順に催されるのか?という問題には,知恵が要る。

夢は夢自体の領域という夢見者-論理からすると,“睡眠中の夢は脳-肉体の環境次第”にはできない。“ 夢 ”多くが想い出されないのはフロイト氏が抑圧だと言ったから? “ 夢 ”自体のなんなのかを問うことの意義.,こういう質問を喚起するという意味での,概括的な本。

みたい夢をみる方法 :目次
人生の三分の一は睡眠時間
夢をみない人はいない
夢をみているときに意識はあるのか
夢の記憶と意識の関係
夢の中で目が覚めない理由
覚醒と睡眠の壁を破った明晰夢
無意識の心に対する認識の深まり
明晰夢体験
夢の独立性
抑圧という無意識の防衛メカニズム
自己を発展させるということ
夢作業の意義

完璧なミラー(ボール)ルームを作れ!
自己認識,意識,自覚( アウェアネス )について先ず考える機会をといえば,おそらく“ 明晰夢 ”ワードでの一般書類はこれに合わない。それら?概観に過ぎない.肝心の‘ ひとつ夢 ’自体,見ようともしてない(-私の半日とは言わないが一晩で読んだ。)
要するにも“ゆめ”そのものに利用されているという認識に無い,たとえばテレビゲームを“プレイできる”というような迂闊な出方の可能性が繰り返してるとは言わない。
障害は精神的な夢想ゆえである,という示摘。
[夢での“ 時間感覚 ”という観点ででは,映画“ インセプション ”に私の一席を譲る。ただ私にとっての問題はその“ 3層化された夢 ”でもピアフの歌でもコティヤールでもなく,あの最後-即“ ゴールドフィンガーのテーマ ”に思い至らなかった(回転する,ナンバーズ-ルーレットの絵も.)
この原稿から翌々日’私は近所の図書館に偶然そのサントラ盤CDが遇ったのを想い出して借りてみた。“ クリングゾールの終り( パルジファル第2幕-ラスト, )”あの音だった。]

7章目までは概説.明晰夢体験の章よりあと( 個人記述に優るものは無し。但し,10章目フロイト-抑圧に関する簡便な解説,-偽装した夢のすべてが抑圧の要素を含んでいるというわけではない。夢解釈の技術を身につけていくにつれて、偽装されたと思われる多くの夢も、単に最初に私たちの自由連想能力から洩れたものにすぎないということがわかるようになるだろう。/ 目覚めていながら意識がないというのは、抑圧の最大の手がかりである。
11章目,まるまるグルジェフ講演記録からの引用“ なんじじしんをしれ ”? )
もし主著として当人の夢記録等に基づいていたとしたら,私はこれを参考図書といっただろう。私の超然とした一記録であろう。

Stop Sleeping Through Your Dreams (1995,)