心理学的貧困 [要約1]/ 心理学的貧困 [要約2]

.. ヒステリー発作の痕跡を夢遊病状態で見い出すことも、また発作が夢遊病状態に置き換わっている様子も、ごく普通に見ることができる。この2つはやはり同じ種類の状態像なのである。かつての磁気術者たちもこの事実を窺わせる考え方を表明している。「発作を起こす人たちは不完全な夢遊病者である。」
催眠術に関心を持っている医師から,肺結核患者が夢遊病状態に陥るのが如何に簡単かを教えられたことがある。その患者たちにヒステリー症状が無くとも、その指摘は正しいであろう。チフス熱でも、部分カタレプシーや暗示行為が簡単に現れる。そのような患者は、余程用心深い人でない限り、催眠にも容易に掛かる。覚醒時の暗示、錬金術師の秘薬、磁気術師の金属板などは、萎黄病貧血に悩む若い女性に素晴らしい効果を発揮する。既にその例を紹介したように、アルコール酩酊も、夢遊病者以上に暗示に掛かり易くしたり、自動症に陥り易くしたりする。モロー・ド・トゥールの指摘は、(普通の患者たちが入院している病院で)ヒステリーという診断名が付いていない患者にも如何に頻繁に夢遊病状態が見られるかを指摘していることになろう。
健康な人に夢遊病状態は出現しない(デスピーヌ,)」
「催眠に掛かり易い素地を形成するのはヒステリーではない。ヒステリーや他の病気に罹りやすい素地を形成するのは催眠への感受性なのである(オショロヴィッツ,)」
自動症の大部分が感覚麻痺や放心状態で出現しているということ、そしてこの状態が意識野の狭窄と関係深いこと、またその狭窄自体が統合の衰弱や心的構成の解体によるものであり、通常以上に小さな心理事象群を出現させることになるということなどである。この点はそれぞれ比較的容易に検証されるところであり、(催眠に掛かり易い人たちの放心状態、脈絡欠如、統合不全は)これまでも多くの著者から指摘されてきた。サン=ブルダンはヒステリー患者を論じて、「彼女たちは時々会話を中断してそれとは全く別の会話を始めたりする。しかも、それまで何が話題になっていたのかも憶えていない。」..
モロー・ド・トゥールも、衝動的狂燥は次のような言葉で表現できる予備的状態に起源を持つと指摘している。「ぼんやりした状態、不確かさ、脈絡の無さ、思考の動揺、これらこそ統合不全〔解離〕であり、知的構成の解体である……。完璧で調和ある統一を形成してきた観念や分子が散逸し、それぞれに孤立することである。」
しかし、彼らの観念奔逸は観念を調整できないところから来ているのであり、精神力の低下の所為で、あらゆる刺激に身を委ね、連想という自動症的戯れが次々と生み出すイメージを表現しているに過ぎない。これこそが心理学的統合の減弱であり、観念は統合されず、個々それぞれ幾つもの中心からなる群れに分かれてしまっているのである。
少数の観察者、その一部の人たちは、自動症の患者たちに同様の精神的減弱があることを指摘している。そのような患者たちは、その種の減弱を身体的にも精神的にも目に見える形で表しており、「ファリア神父は(磁気催眠に)衰弱が一定の役割を果たしていること、また(一定量の瀉血が)素因の無い人にも夢遊病を引き起こすことを、指摘していた(トゥレット,)」
ヒステリーを記載した初期の著者たちも、ヒステリーが多量の瀉血で出現してくることを指摘しており(Cullerre,)ジベール医師も、多量の瀉血によってそれまで見られなかったヒステリー発作が起きた症例のあることを教えてくれた。フェレも述べているように、「ヒステリー患者たちは持続的な疲弊状態、精神的運動麻痺状態にある。」..
とすれば、肺結核やチフス熱、梅毒の第二期、一部の中毒などが、感覚麻痺や夢遊病状態、自動症を引き起こすのも理解できることになる。そこでは、どこかの神経が侵されているのではなく、身体的にだけでなく精神的にも患者の力を低下させ、多彩な心理学的事象を十分に統合することを不可能にするものがあるのであろう。
ヒステリーや夢遊病を治すには、患者に食べさせ眠らせるだけで良いときがある。周知のように、ヒステリー患者たちは貧血患者と同じように食べないし消化していない。それが悪循環となって、病気の原因でもあり結果にもなっている。間接的な方法ではあるが、彼女らに食べさせ眠らせることができるようにすれば、その病像はかなり変化する筈である。ローズも、感覚麻痺、片麻痺状態で一日中多彩な発作を起こし、極度な統合不全と精神力減弱の状態にあったが、既に述べたように、長期に亘る催眠による睡眠が良い結果をもたらしている。
「催眠による睡眠は唯一の良き回復剤だ(ボーニー,)」
「磁気による微睡みは間違い無く鎮静効果を発揮する(デスピーヌ,)」
そこで私は、ローズを4-5日間眠らせ、食べる時以外は余り動かさないよう、また沢山食べるようにと指示してみた。第1日目、覚醒はしなかったが、夢遊病状態でも、まだ発作を起こしている。2日目、かなり静かになる。3日目、下肢が動かせるようになり、一部の感覚が戻ってきた。そこで目を覚まさせたところ、殆ど治癒しているかのようにみえた。しかし残念ながら、このとき蓄えられた力は数日しか続かず病気が再燃している。それでも、軽度の症状に抑えられていた。このような観察と推測から、患者たちには精神力の減弱があり、そのために多彩な心理学的事象を統合・圧縮できなくなっている。つまり消化吸収できなくなっていると結論付けられるように思われる。そして、この種の消化吸収力の減弱を(生理学的貧困という名を借りて)心理学的貧困と呼ぶことにしたい。

(続き;)

[ 心理学的貧困では、自動症的戯れが色々な形で出現してきてもおかしくはない。いま一つの特徴は症状の性質( 自動症がそのときどきに現す形態 )を人為的に変化させることも容易だということである。精神力の減弱の所為で、患者の精神は極端なまでに可変性を帯びているのである。]
(患者がそのとき持っている)個人的人格の備わった存在を、取り除き、別の人格存在に置き換えることも、さほど難しいことではない。この人格は他にも沢山存在している心理学的要素から、わずかな要素だけを取り込んだ非常に不安定な中心しか持っていない。それが動き顕在化しているに過ぎない。
第二人格つまり夢遊病状態のそれは、次の2つの方法で出現させることができる。ひとつは、疲弊させ、現在の統合を解く、というやり方である。眠りに導いたり、クロロホルム麻酔に掛かったようにさせたり、長時間意識を集中させて、疲れ易くさせさえすれば、他の心理学的要素も脈絡を失い、それぞれがあちこちに中心を持つようになって、そのいずれかが優位に出現してくることになる。2つには、それ以上に簡単な方法で、既に夢や発作、夢遊病状態などの形で第二人格を経験している患者では、現実の意識の下層で眠っている心理学的存在を刺激するだけでよいし、ルイ5世にはマムシ蛇の話をするだけで( ピトレの患者では蛙の話をするだけで )ヒステリー発作を起こさせることができた程である。リュシーの場合も( その腕を恐怖のポーズにするだけで )ヒステリーてんかんの大発作を誘発することができた。最後に挙げる症例も興味深いもので( 彼女も感覚麻痺を呈していて腕の位置が意識できない )無意識だけが目覚めて興奮する患者であった。この患者では、ヒステリー誘発点を圧迫するだけで──つまり、発作を起こす心理学的要素の備わった一定の感覚を刺激するだけで──痙攣発作を誘発することができた。既に報告した中には、(夢遊病状態のときに)私が名付けた名前で呼び掛けるだけで半-夢遊病状態に、そして完璧な夢遊病状態へと導くことができている。そして最後に、私たちが望めば、正常の覚醒状態を形成していた心理学的要素をも目覚めさせ、ある人格存在から次の人格存在へと移行させることもできるようになるであろう。
この方法は治療の一手段となり得るであろうか? ある点ではそうであろう。拘縮を取り除き、運動麻痺を解くことは、一部の例では比較的簡単だからである。しかし、そのようにしたからといって、症状の起源であった心理学的貧困──数日、数ヶ月で別の症状をもたらす貧困──を取り除くことができるのであろうか? この状態が残存していることの証拠は、夢遊病状態そのものと暗示性にあろう。患者を治療せしめた既にその時点で、患者はまだ病気なのである。では(患者たちがこの持続的な心理学的貧困に陥らなければならないのは)何に関係しているのであろうか? ..遺伝は何も心理学領域に限られることではない。あるいは、偶然に現れた精神力の低下に関係するかもしれない。更には、まだ知られていない他の人間的な原因があるのかもしれない。
統合不全と固着観念の起源であるこの心理学的貧困は、また別の形で現れ、少し違った様子を呈したりする。素質に因る永続的なものではなく、偶発的一過性に出現することもありうる。あるひとりの女性は(元気で良識のある人であったが)一時期、放心状態、系統性感覚麻痺、特有の被暗示性を伴った苛立ちの強い衰弱状態に陥っている。根拠の無い考えに囚われることの無かったある男性も、疲労したり、眠りや酩酊の時には視野が狭くなり暗示に掛かり易くなったりしていた。多大な注意や努力を払ったり、長い知的作業が続いたりしたあとの疲弊も、同じような事態を招く。他に、一時的な心理学的貧困を引き起こすものとしては、(その本性はまだよく知られていないが、)精神的動揺も挙げられよう。精神的動揺は周知のように人々を放心状態にし、更に一過性にせよ持続性にせよ、ある程度の感覚麻痺状態にする。ハック・テュークは強い精神的動揺に引き続いて目が見えなくなったり耳が聞こえなくなったりした人たちを繰り返し報告している。私自身も(幾人か)治療途上にあるヒステリー患者が突然精神的動揺を引き起こす事件に遭遇して再び感覚麻痺に陥ったのを経験している。精神的動揺は精神を解体する力を持っており、その統合を弱めその力を一時的に貧しくさせる。
ひとりの17歳になる女性は(夜の街で知らない男に尾行され)恐怖発作を起こして病院に連れてこられた。同じ頃マリーも馬鹿げたことをしてそれが彼女のその後に強い痕跡を残していたのだった。極めて稀なものとして、イラズマス・ダーウィンの症例を挙げておきたい。
「ある僧侶が田舎に行ってブドウ酒を飲んだ……。酔いが回って、ある手紙の封印蝋を飲み込んでしまう。すると会食者のひとりが冗談に、あなたの腸も封印されますぞ!という。このときからその僧侶は憂鬱症に陥り、2日間食べることも飲むことも拒否するようになった。何も腸を通過しなくなったといって、遂にはこの誤った考えで死亡してしまった。」..
..固着観念が自分の職業と結びついたり、読んだ本に関連したり、耳に入ってきた人々の話し声が刺激になったりするのは精神が衰弱しているときである。
「(モロー・ド・トゥール,)..狂人は誤りを犯しているのではない。我々とは違った知的領域で動いているのである。それを立て直すことはできない。それは覚醒が夢を立て直すことができない、それ以上のものである。固着観念は(覚醒しても)続いている夢から切り離されたその一部であり……」
「固着観念は知性が解体した結果から生まれたものであり、この結果は解体が止まり知性が回復されても保持されている。それがまた夢に現れる主要な観念であり、夢を引き起こすものなのである。」
ただ、ヒステリー患者の意識に対しては、そこから望み得る治癒を引き出すことができるかもしれない。彼女たちは心理学的貧困状態にあるので、私たちの言いなりになるからである。しかし、精神病の人たちを同じ方法で変化させることはできそうにない。そのような患者を通常診察できるのは妄想が固定した時期であり、しかも知性がある程度の均衡を取り戻した時期だけに限られるからであるが、この時期ではもうその均衡を揺さぶることが難しいからである。問題は、患者を妄想の始まった時期に連れ戻すことができるかどうかである。そこで、私はイラズマス・ダーウィンの患者を二度ほど酩酊させ(その酩酊を通して)私たちが患者の固定観念に何らかの影響を及ぼすことができるかどうかを探ろうとした。ある程度、妄想の初期状態に連れ戻すような状態にすることができはしたが、また別の多くの困難に当面することを知らされた。
[ 多くの患者たちは多種多彩な形で自分の病気を表現する。テーブルに語らせたり、グーテンベルクの魂を呼び起こしたり、病気の犬のための病院を開設したり、生体解剖に反対する集会を持ったり、筋肉系の朦朧状態のように手足を拘縮したり歪めたりする。それらの症状は病気を変えるものではなく、新しい心理学的症状を創り出しているのでもない。]

心理学的貧困[ 要約2 ]/ ..下層にある心理学的形態[ 要約; 夢想や幻覚,情念について ]

[著者]ピエール・ジャネ
[翻訳]松本雅彦,
心理学的自動症(みすず書房,2013)
L'Automatisme psychologique (1889,)