( 引用,2023-09-20:

..脳内の電気的活動は高度に調節されており、非常に精密な現象である。発話、視覚、ものごとの理解、動作、意識など、神経系のあらゆる機能の基盤には、この精密さ、すなわちさまざまなニューロン間の緻密な相互作用が存在する。
てんかんは、それらの電気インパルスの制御が失われることで生じる。遺伝的要因によるものであれ、腫瘍、感染、卒中に起因する脳への何らかの刺激によるものであれ、電気インパルスを緻密に制御しているプロセスが機能不全に陥れば、クルミの殻のような脳の表面を覆う灰白質を構成する大脳皮質のニューロンは、無節操に発火し始める。すべてのニューロンが同期して発火し始め(正常時は、高度に組織化されたあり方で交信する)、脳の通常の活動が阻害されるのだ。

..しかし理由はよくわかっていないが、てんかん発作が脳全体に拡大しない人もいる。脳の特定の部位で発生し、そこから広くは拡大せず、異常な活動は一つもしくは少数の部位でのみ生じるのだ。そのケースでは、局所的な発作(焦点発作と呼ばれる)は全般的なけいれんには至らない。むしろこれらの発作の内的、ならびに外的な現われは、どの脳の部位が関与しているかを反映する。..もっともよくあるタイプの焦点発作は、自伝的記憶、言語、嗅覚、情動を司る領域を含む側頭葉に影響を及ぼす。側頭葉で発作が起こると、その人は、突然強烈なにおいを感じる、言葉が途切れる、破局の到来が差し迫っているかのように感じるなどといった経験をする。記憶領域が関与していると、既視感(デジャヴ 突然生じる馴染みの感覚を指し、誰もがときに経験する)や、その反対の未視感(ジャメヴュ 馴染みの環境が新奇なもの、一度も見たことのないものに見える)が生じうる。発作がより広範に拡大すると、頭の混乱、自覚の喪失、運動領域が影響を受けることによるけいれんをもたらしうるが、意識は失われない。

..側頭葉のてんかん発作によって非常に強い宗教的な法悦を覚え始め、神とつながっていると感じるようになった六〇歳の男性がいた。彼は、このスピリチュアルな体験を失いたくないがために、てんかんの治療を拒んだ。私は、視覚皮質が存在する後頭葉に及ぶてんかん発作によって幻視を経験するようになった患者も、数人知っている。

[ ..大脳皮質における機能の局在化に関して知られていることの多くは、人為的に小さな発作を引き起こすことで得られたものである。

..事実、皮質の刺激によって自然に生じるものに似た発作が起こることがまれにある。また、心的な活動や外的な手段を用いて刺激することでも、発作が生じることがある。光を瞬間的に浴びせることで視覚皮質に発作を起こすという方法がよく知られているが、まれには、ある種の音楽を聴く、書く、パズルを解く、頭や身体に湯を浴びせられることでも、反射発作と呼ばれる症状が引き起こされることがある。
..焦点発作は脳の特定の部位、つまり刺激を受けた部位や異常が発生した部位で生じる。したがって、起こるたびに拡大範囲が多少異なりうるとはいえ、焦点発作の源は同一である。

..女性ホルモンのエストロゲンとプロゲステロンは、脳に甚大な影響を及ぼす。前者は一般に発作を起こりやすくし、後者は保護的な効果を持つ。生理日前の数日は、エストロゲン対プロゲステロンの比率が最大になる。この期間にひと月のあいだでもっとも発作が起こりやすくなる女性は多い。極端な状況になると、発作が起こりやすくなる期間を短くするために、経口避妊薬を三か月間投与し続ける場合がある。

..けいれんは夜遅くか朝早くしか起こらない、もしくはその時間帯に起こりやすいと報告する患者も多い。われわれは睡眠不足の患者にてんかんの診断を下す際に、EEGに先立ってそれらの情報を活用している。睡眠不足は、実際に発作を引き起こすことに加え、発作を起こす素質を示す電気的指標がEEGに現われやすくするようだ。また睡眠時無呼吸のような他の障害による睡眠の断絶は、てんかんを悪化させうる。
..患者や発作のタイプによっては、睡眠段階が移行するときに発作が引き起こされる。私は、いびきなどの刺激が原因で、深い睡眠から浅い睡眠に移行したときに発作が起こる患者を何人か知っている。残念ながら、その理由は私には皆目わからない。
..前頭葉で生じるてんかん発作は、睡眠をきっかけとして起こることがはるかに多く、睡眠中にのみ生じる患者もいる。

..前頭葉てんかんは一般に、一〇代の頃に発症し、発作が一晩中頻繁に起こる。また他の形態の焦点発作と同様、その発現は一般に知られている前頭葉の機能を反映する。前頭葉は、計画や行動において果たす役割以外に運動にも密接に関連する。後頭にもっとも近い前頭葉の領域には、一次運動野が控えている。ここに端を発する発作は、単純なけいれんや身体部位の震えを引き起こす。それより前方の顔面に近い部分には、身体の両側が関与する行動の調整などのより複雑な運動の調節を司る脳領域や、言語の生成をコントロールする脳領域が存在する。ここに端を発する発作は..通常これらの行動はすべて、完全に意識のある状態でなされているが、コントロールがまったく利かず、発作それ自体が患者を眠りから目覚めさせているのだ。