読書記録6: 夢の正体 夜の旅を科学する / アリス・ロブ

(1)
いつもの図書館に“ わたしの待ち伏せ ”は無いとタカを括って普通に“ 心霊現象の心理と病理 ”を持って返したら,予約された本が一冊ありますというので,つい借りてみた。またルソーのあの絵(こんな月の表面みたことある..)私には不図“ 光の帝国 ”がみえた(映画“ エクソシスト ”監督コメントだったか,あのマグリット絵のイメージがひとつのコンセプトだったと言っていた。
[ その表紙-背面側には黒地にその原題“ Why We Dream The Transformative Power of Our Nightly Journey ”という英字が効果的なので,表面側にも絵柄無しの方が先ず既成-先入観に決めつけられなかっただろう。])
明晰夢研究者スティーヴン・ラバージに対して何年か冷淡な反応が遇ったかのように書いた著者がいたようだが,私はウソかやらせの類いだと思った。その著書“ 明晰夢見 ”に続く“ 明晰夢見のその世界を探検する ”日本語訳が無かったのと,私は4年目に“ ポルターガイスト ”読書といったので読んでいないが,今度そのアリス・ロブさんの内容では,あのシュピーゲルマンの“ 騎士( 能動的想像法 )”みたいな神話シンボル的な表れを言ったのか?と。
もしカルロス・カスタネダが嫌らしいと言われた時みたいに“リーダー”を他に求めるような環境的問題が遭ったのなら,[ 私は昨年何度か“ ミンド ”というワードを聞いたのだが,一昨年中“ バイデン ”という繰り返しワードがその頃まだなんの関連かわからなかったように,意味不明だった。]
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その本自体が“ 明晰夢見 ”という括りからの狭い問題に限定されているのは詰まらない(私の現象的の興味から言えば,“ 夢魔 -内部空間からの来訪者- ”の方が楽しかった。)言うなら,“ 夢 ”が閉じられている。
もし少年たちの元型的素質に関わるという点であれば,赤いトラクターよりもブルドーザーが必要であったかもしれない。
私の“ 覚醒夢 ”への関心として言えば,たとえば‘ あの古いタンスのうしろに(かくれているのは)だれだったんだろう? ’という質問と,先に用意されなかった答えなのである。-(“ 覚醒夢を用いた子どものイメージ療法 ”,ある18歳男子学生の例として.,“去勢”不安(嗜好物への半ば中毒と,頭脳や神経節細胞などが破壊されるという恐怖)“ 眼球の奇妙な感覚と痛み ”により:
..彼はそれが盲目恐怖の証明になると思った。その恐怖を取り除くために、彼は何か秘密の数式を強迫的につくった。壁際に寝たくないので、夜になると彼はソファベッドを部屋の真ん中に置いた。壁が彼の頭に落ちて、脳を傷つけるかもしれないと恐れたからである。彼の知的能力を失う恐怖の背後に、性交能力を失う恐怖が徐々に現れてきた。そして目を潰されることが、恐怖の主要な症状になってきた。
..覚醒夢イメージ療法を体験した後に、彼はイメージをスケッチしたが、その構図や線の書き方にはイマジネーションの中で生じた力動を表現している。彼の恐怖はとりわけ彼を取り囲む肉を吊るす鉤のイメージで表現された(先祖の中に肉屋がいた)。一時的にイマジネーションの中ではその鉤で手や頭が切り離された。また、次のような出産のファンタジーを体験した。彼は洗濯板のように荒っぽくて湾曲したゴムの管の中を通って滑り出てきた。性交不能恐怖は精子のようなものに示されて、イマジネーションの中で奇妙な魔術的なことが起こった。クリストフの症状は、強迫的なファンタジーと恐怖が覚醒夢イメージ療法の治療により軽減され、外的行動は目立たなくなり、治療を終結した数年後に、情熱的な南国の女性と結婚した。
-私は以上の段落に読み直して“ 無限のその活動的な側 ”あのカスタネダ最後の語り部分が連想に遇った。..“ その屋外の通り角に赤いオープンカーが停めてあった. ” いや,正確な言い回しではないが,..‘ 私が長らく“ そこ ”にみていたものはわたし自身だった。あの“ おともだち ”だったとわかったときに。’
私-自身の脳みそにもっと栄養を与えてみる。

(2)
私はミンデルの“ ドリームボディ・ワーク ”との合間に漸く少し読みかけて(“ 昏睡状態の人と対話する ”も同時に借りてあったのだが,未だ余裕無い,,)ロブいうひとは文字通り“月並み”な概観的の書き手かなと面白味にならなくも.,次にスティーヴン・ラバージ伝記に入った処からぐっと来て,それからなんだか物悲しくなってしまった!(ラバージ先生の自身が研究発表のために予め批判側を設定してしまったとしたら,お気の毒だった。しかし,これから明晰夢,というトライアーには,導入的な部分がある。)但し,私には記者の人物パーティー的な描写は一々ページ数の無駄だった。
私は読んでいたうちに,なんでか,ダスティ・スプリングフィールドの歌が想い出された。それとは無関係に,私は私のみていた“周辺”すべてが私の還元された(なにも外部の一切存在しない)あのソラリスの“ 繭 ”みたいなものだけの“世界”だという印象になった(.まるで“物音”すべてが消えてしまったかのように?)猪介の種でもあったようになにか言いたがった素振りの者たち,あれらもすべてニセモノだった(外的存在しなかった.)
その意味では,あのカスタネダのドン・ジェナロに拠る語りは私にとって正しかった[ イクストランへの旅,彼の故郷への道中に出会った者どれもが,大抵やさしげだが(,じきになにかが奇妙だと覚われて)“ 幻影 ”だったとわかるというくだり。]彼のその身体的に気づかせる“ 盟友の力 ”に等しく,ミンデルは彼自身の“ ドリームボディ ”と呼んだ。
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もし一定量の黄金が分配されたら彼の手元には少しも残らない(,一体のメッキが継ぎ接ぎになる)といった別の台詞も連想に遇った。それはその通り価値観に象徴されるだけで,私は感心しなかった。

ところで,少し分析的な意見を述べてみたい。今回ロブの本にもラバージ“ 明晰夢見 ”などで知られていた実験者ミランダとランディについて述べられてある(どちらも体の局所に測定用器具を着けて睡眠に入ったが,各自“ 夢 ”での意図的な異性交遊の場面と同時に肉体に反応が起こっていた.)- 私は再度その“ 夢 ”の描写に読んで不図思ったのだが,どちらの夢も,“屋内から出て空中に飛んでみる”といって一旦浮かんでおきながら,異性との交わり場面ではなんでか地上に降りていたのであって.,あるフランス人の絵画イメージに遇ったかのような“空中でのラヴ”は無かった。この点には,性的なモティーフが子どもまでの記憶に基づいているというフロイト論法の方が正当かもしれない。例の“ 子どもの覚醒夢イメージ療法 ”にも,“空中”というよりは(そのクライエントの家庭環境-“両親”との関係性に於いて)“地上”またはそれらとの高さ位置として象徴的といえる程の表れがあるようだ。
私-自身の“ 夢 ”場面等に想い返してみても,“空中浮揚”で出会うというような形は先ず無かった(一旦“ 夢- わたしは空中に上がろうとする ”が,それ限界であるかのような落下または降下という形.)
自由の夢見者にとって,これは先ず夢の能動身体性である。

(3)
私が“ 夢の正体 ”に読んで学んだこと,“ 夢 ”のあいだに“ これは夢だ! ”と言ってはいけない。
これはその第8章“ 夢を診断に役立てる ”に引用された,社会心理学者ダニエル・ウェグナー先生の実験に寄る(“ 思案抑制の逆説的効果等,夢リバウンド ”に関して;)
..1980年代、ウェグナーは学生たちに、考えていることを5分間話すようにお願いした。ただし条件が一つ。シロクマについては考えないこと。もしシロクマという単語を言うか考えたときには、ベルを鳴らして失敗を宣言しなければならない。..次に、学生たちは好きなだけシロクマのことを考えてもいいと言われた。今度は、先ほどよりも頻繁にベルを鳴らした。そして、注目すべきは、最初からシロクマのことを考えていいと言われたグループよりも頻繁にベルを鳴らしたことだ。考えないようにした試みは失敗に終わっただけではなく、リバウンド効果をもたらし、ほかのことはほとんど考えられないようになったのである。
;個別的な思考作業のあいだ(ある特定ターゲットについては)考えないようにと敢えて条件付けられた場合[その“逆効果”という意味合いになる。]これを‘ 夢見 ’への注意条件点けに応用できるとしたら,普通になにか私の思ったり思わなかったりするあいだに(映画“ インセプション ”での彼が“ トーテム ”と称していた回転するコマを金庫に閉じるという1カットが遇ったように,)言わば,それには私に直接みせてはいけないと隠すことに拠って,意識化しなかった。
(これに比して,例えば-対人にも,自己説明の類いをすべて相手への質問形のように“尋ねる”というような,逆接的な論法も。)むしろ,すべてに同一化しない拒否的な態度の方が私の夢見には良かった。しかし,その論自体のトリッキーな用法だとも言える。私の自主的-意識的な‘ 意と ’条件点けに拠る対象-連動に比して,その意図自体が一方的に表れることが強制される(無論,予め先生からの“指定”や禁止がされている場合に比べれば,ひとりでは自らパブロフ犬のような条件を設定しなければならない。若い不慣れなひと程,成功率は高いだろう。)“ 絶対に言ってはいけない名前 ”という例の言い回しもこれに相当する。( 下段リンク:“ 戦略的心理療法 ”から逆説的意図に関して記述.. )
[ -エリクソン催眠のやり方に似ていると私は思った(“ 分離 ”危険とみる向きには合わない.)だが,私は今日ちょうどこのまえ読み着けなかった“ 早発性痴呆とヒステリー(C.G.ユング)”を読みだして,これだ!“シロクマ”よりもコンプレックスねたの方が強いのに.. ]