心理学的貧困

( ピエールジャネ著 “心理学的自動症” 第2部第4章Iより要約;)

催眠に掛かり易い人たちや霊媒たちは、はたして病気に罹った人なのであろうか、それとも健康な人なのであろうか?
ある人たちはその自動症現象にヒステリー疾患の特徴を見い出し、別の人たちは、この自動症も完全な健康状態と共存し得ると考えてきた。前者の人にとっては、夢遊病状態もヒステリー発作ということになり、後者にとっては、自然な眠りの一形態だということになろう。自動書記も衝動的思考や狂気の一形態と見られたり、自然な現象と見られたりしてきている。
イギリスの著者たちは、「一部の人たちは意識しないでものを書く、それは自分に気づかないで歌を口ずさむようなものだ(マイヤーズ,)」
一部の著者たちは、ヒステリー症状が実験治療を困難にしていると考えた。確かにヒステリーの人たちは催眠現象の観察を拘縮や発作などで中断させてしまう。しかし一方で、そのような発作そのものが極めて興味深い自動症現象なのであり、また患者の心理機制を熟知すれば、その発作を簡単な技法で鎮めることができる。私の考えでは、夢遊病状態つまり経時的人格二重存在や暗示現象、下意識活動つまり同時的人格二重存在などを研究するには、ヒステリー患者が最も適している。一部の人たちは観察に適した患者たちの健康状態を記述しながらヒステリー疾患の徴表を見逃すという誤りを犯している。
「健康な人も催眠に掛かり易いと考える識者たちも、ヒステリーの基準として痙攣発作の既往しか考えていない。弱視や感覚麻痺といった徴候が探索されることは少なかった(トゥレット,)」
そのような誤解の原因の一つは、誘発された人為性の夢遊病状態がヒステリーに代わるもの、ヒステリー症状を少なくとも一時的に消退せしめるものだという考えであった。
「発作を夢遊病状態に置き換えれば、発作は出現しなくなる(Dupau,)」と磁気術者たちは言っていたが、
「そのような条件の下でだけ可能なのであり、夢遊病状態を止めると発作の方が再現してくる」のである。
「誘発された夢遊病状態は自然発生性の夢遊病状態や発作を消退せしめる(トゥレット,)」
ヒステリー状態が外見だけでなくすっかり治癒したとき、夢遊病状態も被暗示傾向もともに消失するという事実である。数名の著者たちがこの点を指摘している。
「健康回復の最も良い指標は、夢遊病状態への嗜好〔心的傾向〕が全く無くなることである(デスピーヌ,)」
「患者が健康になるにつれて、私が治療に用いている技法に次第に反応しなくなる(バレティ,)」
「健康が戻ってくると、患者は次第に催眠に掛かりにくくなる(フォンタンとセガール,)」
リュシーの治療を始めた頃、私はこの法則に全く気付いていなかった。当初私は患者のためにも治療が奏功するためにも(ヒステリー症状を消退させ)彼女を夢遊病状態に導くことばかり考えていた。患者が下意識活動を遂行しなくなり催眠にも掛かりにくくなって実験治療が困難になったと分かったときは、ひどく失望した程であった。私が彼女を眠らせることができなくなったというわけではない。というのも、この一ヶ月ほとんど毎日できる限りの実験治療を行ってきていたからである。更に(この患者は夢遊病状態に入ることにも慣れており)催眠に身を委ねることにも十分に同意していた女性だったからである。しかし今回は、私の技法に従うことに同意はしたものの、すぐに疲れてその技法に従うことができなくなっていた。あれほど簡単に入っていた完璧な夢遊病状態にもなかなか入らない。ヒステリー症状は殆ど消失していた。しかし(その一年半程あとに彼女がやってきて頭痛や悪夢などの神経症状を訴え)感覚麻痺まで再燃したときには、すぐにも催眠に入るのであった。その障害は数日後には治ったが、今度もまた夢遊病状態が現れなくなったのである。これは交代現象とでもいうべきものではないだろうか? 更にこの奇妙な現象はマリーでも繰り返し見られたものである。この患者は8ヶ月程病気を患い(そのあいだポヴィレヴィック医師や私から)不定期だが頻繁に催眠術治療を受けていた。彼女も催眠術には慣れていた筈である。(このマリーも一時的に治癒したときは眠りに導くことが難しくなり)軽度の催眠暗示には応じなくなっていた。勿論、彼女がリュシーの経過について何か聞いていたわけではないし、以前なら私の思い通りの指示に従った筈である。この事実を強調するのは、ここに何らかの重要性が有ると思われるからであり、またヒステリーと催眠状態とを完全に区別しようとする著者たちに反論するのも間違いではないと思うからである。
..催眠現象とヒステリーとの間には著しい類似性がある。夢遊病状態にある患者が一見自然に眠っている人の外観を呈することはある。しかし大切な点だが、もし患者が酔っ払いや熱病患者のような外観を呈していたら、その患者の夢遊病状態は酩酊や発熱の状態と同じだと言えるであろうか? 疲れや退屈さからくる微睡みや軽眠は確かにあり、ここでも覚醒時と同じような暗示に掛かり易い状態が現れはするが、それ自体は催眠状態とは関係無いものであろう。..その状態では、患者固有の感覚、イメージ、記憶を持った心理学的存在の新しい形態が出現する。この新しい形態は覚醒後も第二次層で存在し続け、通常の第一次層存在の下層で持続する。一般に、睡眠という状態は休息であり、心理学的存在の中断である筈である。しかし、睡眠やこの中断の間でも夢遊病状態は出現することがあり、この休息・中断である睡眠に干渉してくることがある。
ヒステリー現象は夢遊病状態とよく似ている。発作後の症状、拘縮や運動麻痺などは、後催眠暗示の現象に類似しているし、発作間歇期に見られる感覚麻痺や多彩な障害も、半-夢遊病状態の特徴を備えている。発作自体が精神的な影響で変化しうるのは夢遊病状態と似ており、発作後に拘縮が解けるのも、後催眠暗示が消退するのに似ている。暗示によって発作の形を変えることができるのも、夢遊病状態の質を変えることができるのと同じである。痙攣発作を拘縮や単なる震えに置き換えた経験もしている。
勿論、一般に、ヒステリー発作の様子は夢遊病と同じように模倣によっても変わりうる。私の知っている3人のヒステリー患者は、お互いに全く異なる発作を起こしていたが、同じ部屋に入れると3人とも同じような発作を起こすようになった。この3人はそれぞれの症状を共有し、同じ発作、同じ動き、同じ朦朧状態を現し、同じ人物に対して同じような罵り言葉を浴びせているのを目の当たりにして驚いたことがある。それに加えて、その部屋ではまた新しいヒステリー状態が出現したが、これは後に自然発生性の現象として考察するつもりである。

心理学的貧困[ 要約1 ]/ 心理学的貧困[ 要約2 ]

[著者]ピエール・ジャネ
[翻訳]松本雅彦,
心理学的自動症(みすず書房,2013)
L'Automatisme psychologique (1889,)